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境港市地域おこし協力隊

Author:境港市地域おこし協力隊
 
鳥取県境港市で「地域おこし協力隊」として活動しています。

伝統の特産物 “伯州綿 (はくしゅうめん)” の栽培や商品づくり、販路拡大に取り組み中。

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金のしゃちほこさえもかすむような男前たちの生きざまを垣間見る ~糸の道編~

愛知県は豊橋市・名古屋市へ視察&見学へ行って参りました。
そこで出会った男前たちをご紹介させていただきます!

その前に日本の綿のはじまりについて、ほんのすこし。

むかしむかしの、はるか遠い昔 799年崑崙人(コンロン人と読みます。インド人)が
綿の種を持って三河の国(現愛知県)に漂着したのが、日本の綿のはじまりと言われています。
(799年といえば日本は平安時代)
しかしこの種は気候風土に合わない、害虫の影響でやがて絶滅したとされます。

その後、応仁の乱終結の1482年頃に中国や朝鮮半島を経て伝来した綿種が
明応・永正年代(1492~1520)にかけて三河や五畿内の温暖な地方に、綿作・織布が広まったそうです。
(※天文(1532~1554年)から天禄(1592~1595年)との記録もあり。)
伯州綿のルーツもきっとここからはじまったのでしょうか。

漂着した崑崙人をはじめ、日本で数少ない綿や絹に関する神社があり、
三河木綿や知多綿、農家の副業として盛んだった養蚕産業・・・
綿や絹の糸の二大産地にもなった
愛知県にて第一線で活躍(今も現役!)時代の寵児たちにお会いして参りました。

愛知県豊橋市。この地は明治~昭和初期と「糸の町」と呼ばれ
製糸業の一大産地だったのだそうです。
そしてこの街の一角にある「石川繊維資料館」を訪れました。
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館長の石川明さんは紡績業を営む傍ら、自宅隣の3階建て民家でこの資料館を設けておられます。
かつて、暮らしを支えた糸車や機織り機にはじまり、今ではもうほとんど機動されていない
ガラ紡機などなど、産業技術や時代の変化とともに人々の前から姿を消してしまった
多くの道具(モノ)たちを20数年に渡り収集されたのだそうです。

館長が手持ちの機械を組み合わせてこしらえたという自作の種繰り機!
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現在、日本に3台しかないといわれている
臥雲 辰致(がうんたっち) ※明治6年に日本初のガラ紡機を発明した人のガラ紡機のうち1台を
所有されておられるのだそうです。(画像のガラ紡機は別のものです)
IMAG1997.jpg

「絹」のコレクション!
家蚕・野蚕の繭や生糸の標本、養蚕や製糸の道具、
ホルマリン漬けの蚕たちもたくさんありました。(撮影していません。汗)
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浮世絵コレクション!!
「蚕織錦絵(さんしょくにしきえ)」の数々!
蚕を育て~反物になるまでが鮮やかに描かれています。
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糸車たち
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他にも豊橋の特産品だった麻真田(あささなだ※パナマ帽子の材料)の
巻糸機や真綿の手紡機、羊毛用の紡車・・・まだまだ
紹介しきれない展示品はなんと約1500点も!
その道具のひとつひとつに人々の知恵や技術が詰まった物語を感じます。

IMAG2035.jpg
館長の石川明さん(右)と川合隆司さん(左)

川合さんは繊維製品を扱う産元商社の老舗会社の元8代目社長さんです。
綿についてまだまだ勉強中のヒヨコな私にも親切にそしてたーくさんの事・情報を
惜しみなく教えてくださる方なのです。
現在はカンボジアコットンクラブの活動にも携わっておられます。

道具を愛おしく見つめる眼差し。話し出したら止まらない!
現在もなお、糸の道を歩み続けるお二人の背中は語る。

はがゆいのは、わたし自身がもっと知識や経験を積んで、
そしてお二人と話をしたら今よりもどんなに楽しいだろうか
そんなふうに感じました。

ありがとうございました。

石川繊維資料館 ※入場無料 要予約です
http://www.tees.ne.jp/~silk/index.html

カンボジアコットンクラブ 
https://www.facebook.com/CambodiaCottonClub
※代表の古澤さんの男前な生きざま、いつかブログで ご紹介できたら!

しまだ

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